ふれあいの友コラム

静止体は形のあるもの、動体は形のないもの

(4)介護員は誰でもよいのか

ではこの介護員は人であれば誰でも良いのか。そんなことは無いと誰でも答える。ではどんな人が理想かといわれれば優しい人、人柄が良い人と言う。又は介護職に必要な教育をうけた介護福祉士というだろう。教育を受けた人材は介護職の商品だ。この商品は完成された優良商品としよう。この完成とは何なんだろう。

テキストに沿った理想の介護職としよう。この理想の介護職員は平常状態で受講して来ているし又先生も平常状態で指導した。テキストどうりの立派な人材だ。教育受けている「教室にいる」ときはまさしく均一の品質の整った商品として出回る。では現場においてはこの商品がさまざまな環境にさらされる。その環境に応じてとても柔軟にとんだ品質の変化の激しい人材となる。相手の態度に応じて態度、考え方を自由自在に変えられる商品となる。

気分の良いときは笑顔で答える。悪いときは返事もしたくない。テキストではこんなことは指導していない。立派な成績で世に出てきている介護員だ。百人居て百人とも自分の健康状態やその日の家族の状況、同僚のいいぐさ、上肢の目、言葉、利用者の態度によって何秒後は全く違った商品を作り上げるかと思えば次の瞬間完成品にもなる。

人が見ていないところではこうだ。上司が見ていればこうだ。文句ばかり言う相手には話もしたくない。まさしく百面相の如く様変わりする。

会社の責任者はお客ん対してとても良いことばかり話すだろう。上司が客に向かって話したとしても、経営者と雇用されている従業員とでは話を聞いただけでは、全く違った効果を生じる。これだけ日々刻々と変わる商品を買わねばならない高齢者は悲劇だ。

どんなところでも施設を選ぶには10人程度のそれを選ぶことだろう。施設を選ぶため見学におきた人に経営者がとても良い話をしたとしても、働くのは従業員である。

H23.09.15

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